Sonicaの代表取締役であり、音空間デザイナーの原田智弘氏。”楽器”と同じように挙動するライブラリー作りを追求し、日々研究を続けています

Sonica Instrumentsという国産ブランドを立ち上げたいきさつを教えてください。

原田:私自身、以前AKAIフォーマットやACIDノサンプリング・ライブラリーを作っていたこともあり、長年サンプリングの仕事をしていたんです。Sonica Instrumentsとしてライブラリーを作ろうと思ったキッカケは、その当時にちょうどFXpansionのBFDが登場して、「このエンジンを使って国産ライブラリを作れたら面白いな」と思ったことでした。

自分たちができることは何か…と考えた時に、日本の会社だし、和楽器をやろう!と。BFDはドラム音源ですから、おのずと和太鼓ライブラリが良いのではないか、という話になり、2008年に「JAPANESE TAIKO PERCUSSION」というBFD用の和太鼓ライブラリーを発売することになりました。

また、当時はスタジオを経営していたこともあり、エンジニアリング的なことも考えていました。各マイクのバランスを自由に調整できるという自由度の高さに魅力を感じ、最新作の「SHAKUHACHI」まで、過去にリリースしたすべての製品はマルチ・マイクで収録して自由にミキシングできる仕様になっているんです。

商品化する楽器は、どのように決めているのでしょうか。

原田:楽器としてわかりやすいものから製品化してきました。十三絃箏の「KOTO 13」、津軽三味線「TSUGARU SHAMISEN」、そして今回リリースした尺八「SHAKUHACHI」という順ですね。和楽器は、大きく分けると箏のようなハープ型、三味線のような竿型、そして尺八の笛型と3タイプに分類することができるので、これで使用頻度の高い3つが揃ったことになります。

主にどのような方が使われているのでしょうか。

原田:幅広い方に使っていただいていますが、中でも多いのは劇伴や舞台を手がける作曲家の方ですね。聞くところによると、最近は「日本らしい音」が求められるケースが多いようです。2020年には東京オリンピックもありますし、そういった意味も含めて、和楽器の需要が増えてきているのだと思います。

また邦楽(和楽)の演奏家の方にも多く使っていただいています。作曲用途というのも当然ありますが、例えば尺八の奏者の方が、自分用の伴奏を作る時にKOTO 13を使う…なんてケースもあります。「従来の音源では表現できなかったニュアンスまで再現できる」と評価をいただいていますね。

あとは教育現場も意識しています。例えば琴は13弦、三味線なら3本の弦が動きを本物と同じ挙動になるように作っていますし、音名や調子(スケール)の概念を踏襲していますので。和楽器を習うときに、サンプリングとして鍵盤上で鳴っているだけのものより、挙動が同じ…つまりフレーズの作り方も含めた体験と学習ができます。

元々、和楽器に造詣があったのでしょうか。

原田:和楽器というよりも、エスニック楽器全般に興味を持っていましたね。これまで、エスニック楽器のサンプリングのプロデュースをしてきた経緯もあります。先ほどのお話にも関わってきますが、世の中の3大シンセサイザー・メーカーは日本にあるのに、自国の楽器である和楽器に力を入れているメーカーはありませんよね。世界的に見れば和楽器も「エスニック楽器の1つ」という括りになってしまうので、当然ですが…。そんな中、国産のサンプリング・ライブラリーとして出すなら、日本の楽器をやりたい! という思いは強くありました。

最初のJAPANESE TAIKO PERCUSSIONを作っている段階で、その後に音程楽器のライブラリーも作りたいという思いがあったのですが、当時から音程楽器は難しいだろうな…と予感はしていました。そして、いざやってみたら予想が的中。ものすごく苦労しましたね。

収録する奏法はどのようにチョイスしているのでしょうか。

原田:私自身、その楽器のプレイヤーではありませんので、事前にその楽器の資料を読んだり、いろいろな方の演奏を聴き込み、その楽器の特徴となる奏法を研究します。それから、サンプリングのスクリプトの上でどうすれば再現できるのかを考えてチョイスしていきます。

サンプルの収録には、どのくらいの時間がかかるものなのでしょうか。

原田:楽器によっても変わってくるのですが、SHAKUHACHIの場合は丸2日ですね。音源ライブラリーのサンプル収録の場合、ただのロング・トーンでも、ピッチの感じや音色は演奏する度に違います。今のテイクでOKかどうかをその場で判断して録っていく…という、音楽のレコーディングとはまったく別の作業なので、和楽器の収録は特に大変なんです。

特に苦労したのは箏ですね。楽器の特性上、音程をキープするために弦を押さえてテンションをかけた状態で保たなくてはいけなかったり、同じピッチを保ったまま、トレモロを…とかラウンドロビンをください…なんて、普通の演奏ではやらないような演奏や奏法をお願いしたので、演奏者の方は大変だったと思います。

エンジンにKONTAKTを使われた理由はあるのでしょうか。

原田:もちろんいろいろなエンジンを検討しましたが、スクリプトの組みやすさ、サンプルの管理、パラメーター、パフォーマンスなどを総合的に考えてKONTAKTを選びました。実際のスクリプトは専任のエンジニアが担当していますが、ライブラリーを作る度にレベルアップし、効率化も進んでいますね。

最近はハイレゾを売りにした音源も多いですが、ライブラリー制作者の観点から、ハイレゾはどのように考えられていますか。

原田:もちろん有効だと思いますし、実際にサンプルはハイレゾで収録しています。ドラムのように音の速い楽器では、特に効果が大きいですね。ただ、音程楽器に関してはハイレゾという”サンプルそのもの音質”よりも、それを”どのように演奏させていくか”というビヘービュアが音質として重要なファクターですし、マルチ・マイク仕様にした場合の負荷なども考え、製品は24bit、44.1kHz仕様にしています。

ライブラリーを作る上で、もっとも重要視している部分はどこですか?

原田:リアルタイム演奏で、その楽器がしっかりと再現できるという点ですね。単純にいろいろな奏法が出せるだけなら、膨大なサンプルを使ってキー・スイッチで切り替えれば簡単に再現できます。しかし、サンプルをKONTAKT上に並べるだけでは「ただ音が鳴る」というだけの音源になってしまうんですね。Sonica Instrumentsは、音色的なリアルさだけでなく、楽器の挙動そのものが再現されて、かつ使いやすくて弾きやすい。この点にこだわって徹底的にチューニングしています。

具体的には秘密の部分もあるのですが、例えば、サンプル単位の音量やピッチ、エンベロープなどを調整するだけでも、サンプルのつながりがまったく変わってくるんです。ライブラリーを作る上で、この作業に一番時間をかけていますね。

最新作のSHAKUHACHIでは、キー・トリガー・コネクションという新しいアイディアが取り入れられていますが、どの段階で着想されたのでしょうか?

原田:正直に言えば、サンプル収録時点でそこまでのアイデアはありませんでした。ですが、ただキー・スイッチでアーティキュレーションが切り替わる…これでは不足感を感じていたんです。尺八は管楽器ですから、発音の途中で音色が変化するというのが当たり前です。奏法ごとに、毎回頭から再生し直す必要のあるキー・スイッチでは、どう考えても尺八を再現することはできないよね…と。もちろんシンセ的にフィルターや音量をいじっても嘘くさい。

そこでもう一度考え直したところ、サンプル自体をつなげるというキー・トリガー・コネクションを思いついたんです。これがうまくいったときは、本当に嬉しかったですね。もちろん、今後の製品にも活かしていく予定です。

発音中に別のサンプルへシームレスに切り替えられるキー・トリガー・コネクションによって、息づかいによる尺八らしい音色変化を再現しています

クロスフェードさせているのでしょうか?

原田:基本的にはそうですが、ただクロス・フェードさせているだけではありません。詳しくはお話できませんが、ただクロス・フェードさせるだけでは、タイミングによってサンプルとサンプルがつながらない場合も出てしまいます。これでは音源として成立しませんから、いつでも、どのタイミングで切り替えても、常にサンプル同士が自然につながるような工夫を施しています。特別な演算をさせているというわけではないのですが、かなり時間をかけて調整していますので、サンプルの切り替わるタイミングはわからないと思います。

SHAKUHACHIを使いこなすためのコツはありますか?

原田:まずは5音階で弾くということですね。まずは12音階ではなく、各スケールで鳴らすだけでも、十分雰囲気が出せると思います。

次にロング・トーンを主体で考えるということでしょうか。メロディーを追うというよりも、1音を鳴らして、そこにさまざまなアーティキュレーションや音色の変化を加えていく。これが楽器に近づく第一歩だと思います。細かい音を入れるよりも、時間とともに音色が変わっていくということを意識することで、尺八らしい演奏になると思います。

息の量を調整するブロウ・コントロールにも注目してみてください。尺八の表現において、息の音を聴かせるのは非常に重要です。モジュレーション・ホイールで息の量を調整すれば、同じ音でもまったく違う印象になります。息だけのサンプルを全音程に用意していますので、好みの質感になるように工夫してみてください。このあたりは、実際の演奏を参考にするのが一番です。それこそYouTubeで膨大な数の演奏を聴けるので、”尺八らしさ”を研究してみると面白いのではないでしょうか。

各マイクの使い分けは、どのように考えたらよいでしょうか?

原田:オーバーヘッドは楽器の全体像をつかむ音、ルームはアンビエンス…という具合に、ドラムと同じように考えるとわかりやすいと思います。ダイレクト音をベースに、ふっくらした印象の音にしたいならオーバーヘッドを足せば良いですし、なまめかしさや部屋のリアルさが欲しいのであればルームを足すイメージですね。サンプル自体はリバーブの乗りが良いように作っていますので、リバーブを使うのであれば、必ずしもルームは不要という考え方もできると思います。

これを曲の雰囲気や欲しい質感によって加えていきますが、ダイレクト・マイクのみでも面白いと思いますね。

 ドラムもそうなのですが、演奏者の視点に立つと普段自分が聴いている音に近い、ダイレクト・マイクだけの音が好きというケースが多いんです。聴いている側のミックスが必ずしも正しいとは限りませんので、自由な発想で良いのではないでしょうか。

今後の展開について、現段階で語れるものはありますか。

原田:実は、今の時点で今後ライブラリー化する予定のサンプリング、波形の編集までは終わっていて、あとはKONTAKTエンジン上に組み上げていく作業を待っている段階なんです。ちょっとマニアックですが、薩摩琵琶だったり、箏も17弦も20弦もサンプリングは終わっています。今録り終えているものについては、2019年中にコンプリートすることを目標にしています。

ちなみに、次作は「笙(しょう)」のライブラリーを予定しています。なかなかすごいものができると実感していますので、期待していただきたいですね。音を聴いていると寝てしまうほど、リアルな仕上がりになっています(笑)。

またSHAKUHACHIは、Expressive Eの「Touché」でコントロールできるようにスクリプトを改造中です。これも、今後のアップデートとして公開する予定になっています。


「SHAKUHACHI」の概要は、こちらをご覧下さい。