音楽をやっていると「実はよくわかっていないんだけど、何となくできちゃってるんだよね…」なんてことが意外と多いと思います。しかし、ちゃんと知っていればこれまで以上に作品のクオリティーが上がるはず…。音楽を作る上で最低限知っておきたい基礎知識をわかりやすく解説していく「絶対わかるシリーズ」、今回のテーマは音楽制作の最終工程であるマスタリング。マスタリングとはどのような工程なのか、そしてどのような処理を行っていくのかなど、基礎知識から音作りのコツ、最新ツールまでを紹介していきます。

本記事は、「基礎編(本記事)」と「実践編」の2部構成になっています。


マスタリングとは

楽曲は、いろいろな作業工程を経て完成されます。まずはメロディーや基本となる曲のモチーフ、方向性を決める「作曲」。作ったメロディーを最大限に活かすため、様々な楽器を重ねたり曲全体の流れを作る「アレンジ」。そして楽器の音を録音していく「レコーディング」や、録音した音のバランスを整えたり磨き上げていく「ミックス・ダウン」。そして、最終工程となるのが今回のテーマである「マスタリング」作業です。

マスタリングと聞くと、どのような作業を思い浮かべるでしょうか。音質や音圧を調整したり、CDを作るというイメージが強いと思いますが、マスタリングとはCDをプレスする際の「スタンパー」という原盤を作る作業のこと。音質調整など、いわゆるマスタリング・スタジオで行われる作業は正確には「プリ・マスタリング」と言われる別の作業です。あえて言葉の定義を話題に出してみましたが、プロアマ問わず「2MIXをいじる作業=マスタリング」という認識が一般的になっているので、ことさら細かい定義を気にする必要も、あえて言葉を使い分ける必要もないでしょう。本特集でも、マスタリング=プリ・マスタリングとして話を進めていきます。

楽曲が完成されるまでの流れ。ミックス・ダウンまでは1曲単位で作業されるのに対し、マスタリングは同じCDに収録する曲すべてに対して行われる作業です。また、CDプレスやネット配信など楽曲の発表形式に合わせたデータを作成するのもマスタリングの大切な役割。最終工程ですので、作品の最終的な仕上がりやクオリティーが決まる、非常に重要な作業です

マスタリングの目的

具体的な作業に入る前に、改めてマスタリング作業を行う目的を明確にしておきましょう。

1つの「作品」として完成させる

マスタリング作業で最も重要なのが、アルバムを1つの作品として完成させるということです。アレンジやミキシング作業というのは、どのような楽器をどんなバランスで、どんな音質で入れるのか…というのを考えていく作業。つまり「1曲」の中でのバランスを取っていくのが目的です。しかし、CDとして考えた場合、これだけでは不十分です。例えば、1曲目と2曲目で音量や音の方向性が全然違ったら、アルバムの世界観は台無しになってしまいますよね。そのため、CDを作成する上で、収録曲同士でサウンドに統一感を持たせたり、曲順や曲間を決めるマスタリング作業が非常に重要になってくるのです。

今や1曲単位で配信されたり、ライブラリー内をシャッフル再生することが多いと思いますが、その場合も曲ごとの音量差があったら聴きにくいので、一定の音量に揃えておくことは大切です。

サウンドを磨き上げる

マスタリング作業と聴いた時に、イメージしやすいのは、サウンドのブラッシュ・アップだと思います。イコライザーやコンプレッサー、マキシマイザーなどを使って音質を補正したり、音圧を大きくしてハデなサウンドに仕上げる…など目的に応じて適切な処理を施していきます。

とは言っても、マスタリングは劇的にサウンドを変化させたり、ミックス・ダウンの失敗を補う作業ではありません。あくまでミックス・ダウンまでで作り上げたサウンドを磨き上げるのが目的ですので、ボーカルが大きいから小さくしたい…などはマスタリングでどうにかしようと思わない方が良いでしょう。テクニックによってはまったく不可能ではありませんが、マスタリングでいじり回すよりも、ミックスに戻って処理しなおした方が圧倒的に簡単です。2MIX状態でエフェクトをかけるので当たり前といえば当たり前ですが、ミックスとマスタリングは考え方がまったく違う作業であるという認識を持つことが重要です。

目的のフォーマットに落とし込む

音楽を発表する場が変わると、必然的にそれに適したフォーマットも変わってきます。音楽CDとしてプレスするのであれば、RedBookに準拠したファイルにする必要があります。また、ネット配信が目的ならば圧縮フォーマットへコンバートする必要が出てきます。単にフォーマットやサンプル・レートを変更する…という簡単なものではなく、ここにもやはりノウハウや技術が求められます。

また、CDプレスする場合には、レーベル・コピーという音源の情報を埋め込む必要もあります。

素材の下準備と取り込み

ここからは、一般的にマスタリングで行われる流れに沿って見ていきましょう。エンジニアによって作業順が異なるなど、必ずしもこの通りに行わなくてはいけないということではありませんので、1つの例として考えてください。

2MIXのオーディオ・ファイルを収録曲順に取り込んでいきましょう。DAWソフトを使う場合は、曲ごとにトラックをわけておくのがオススメです

まずは、ミックス・ダウンで作成した2MIXのステレオ・ファイルを、波形編集ソフトやマスタリング・ソフト上に取り込んでいきます。ファイルを直接インポートしても良いですし、あえて一度AD/DAさせてアナログ要素を加えてみるのも手です。CDのように複数曲を扱う場合は、後からの作業効率も考えて収録順に読み込んでいきます。

専用ソフトを持っていない場合は、いつも使っているDAWソフトでも大丈夫。その場合は曲ごとに別のエフェクト処理がしやすいように、曲単位でトラックを分けて取り込んでおきましょう。

なお、マスタリング時の素材として適している…逆に言うとミックス・ダウンでどこまで処理するべきなのかについても考えてみましょう。これも千差万別ですが、2MIXとして書き出す段階では、ある程度ヘッドルームとダイナミック・レンジに余裕を持っておくのが理想。ミックス・ダウンの段階でマスター・トラックにマキシマイザーなどをかけてしまうと、それだけマスタリングで調整できる余地が狭まってしまうからです。

音圧はマスタリング作業時にいくらでも上げられますから、ミックス時にはレベル・メーターを見て「ちょっと小さいかな?」と感じる程度でも十分。最終的な仕上がりを聴きながらミックスしたい場合は、マスター・トラックにマスタリング・エフェクトやマキシマイザーをインサート。ON/OFFで聴き比べながら作業すればOKです。ただし、書き出す際は必ずOFFで書き出しましょう。

マスタリングのプロジェクトには「こんな風に仕上げたい」というお手本になるリファレンスの楽曲を読み込んでおくのがオススメ。長時間作業していたり、いろいろなエフェクトを設定していくと、どうしても「どういう音にしたかったのか」という目的を忘れてしまいがちなので、明確な目標となるリファレンス楽曲を活用すると良いでしょう。

マスタリングでのEQ

素材を取り込めたら、全体のバランスを聴きながら各曲ごとにエフェクトを設定し、音作りをしていきます。マスタリングでよく使われる定番エフェクトを見ていきましょう。

EQは特定の帯域をブースト/カットするお馴染みのエフェクター。各パートのバランスや帯域調整は、既にミックス・ダウンで調整されているので、マスタリング作業で、そこまで大きなブースト/カットを行うことは稀です。曲ごとの質感を整える程度の微調整に留めておくのが無難です。ただ、超高域や超低域など、人間の耳に聴こえない帯域に関しては、バッサリとカットしておくことで、後から音圧も稼ぎやすくなります。ちなみにマスタリングで使うEQは、リニアフェイズ・タイプがオススメです。

ミックス・ダウンでは、Qを狭めてピンポイントで不要な帯域をEQすることが多いと思いますが、マスタリングでは特定のケースを除き、Qが広めの揺るかなカーブで処理してみてください。2MIXのファイルには曲を構成するすべての楽器音が入っていますから、ちょっとバランスを変えるだけでも曲全体の印象が大きく変わってしまいます。ある周波数をピンポイントでいじってしまうと、どうしても違和感が出やすくなってしまうので気をつけてください。

マスタリングでEQを使う時のコツは、そのEQの特性を理解して使い分けること。例えば、低域など不要な帯域をカットするならば、色付けがなく精度も高いデジタル・タイプが向いています。一方のアナログ・モデリング系のEQは、特定のサウンド・キャラクターを加えられるのが特徴。モデルによっては、ブーストもカットもしないけど、インサートするだけでイイ感じになるなんて場合もありますので、いろいろなタイプを試してみてください。

アナログ・モデリング系のEQは、細かい補正には向きませんが、独特のキャラクターを付加できるので、求めている音にハマると絶大な効果があります。画面はIK MultimediaのMaster EQ 432

コンプはかけすぎ注意!

続いてコンプレッサーです。コンプレッサーは、音の大きな部分を圧縮して、小さな部分との差…ダイナミック・レンジを狭めるというエフェクトですが、マスタリング用途では、音を潰すというよりも「波形のピークの部分だけを抑え込む」ようなイメージです。音圧アップはマキシマイザーに任せて、コンプはピーク・コントロールに徹しましょう。

その場合のセッティングは、アタックを遅めに設定しましょう。アタックが早いと波形のピークをしっかりと処理することができますが、潰しすぎてしまうとノッペリとした音になってしまいます。反対にリリースは早めにすることで、ナチュラルなコンプ処理を行えるはずです。不自然なレベル変化にならないように、GRメーターを見ながら調整してみてください。「イイ感じに潰れたな!」というところまで来てしまったらやりすぎですので、スレッショルドを戻しましょう。マスタリングでのコンプは「しっかりかかっているけど、かかっているように聴こえない」ことです。

細かく音作りをしたい場合は、マルチバンド・コンプを活用してみてください。パラメーターが増えるので複雑に見えますが、基本的な考え方はシングルバンドのコンプと同じ。各帯域ごとに「どんな要素/成分をどうしたいのか」を考えながら作業すると、迷うことが少ないと思います。

コンプレッサーも、デジタル・タイプとアウトボードをシミュレートしたモデリング系がありますが、使い分けはEQと同じです。きれいにしっかりと働いて欲しい場合はデジタル、色付けするならモデリングと使い分けていきましょう。モデリング・タイプはEQ同様に通すだけ(リダクションさせない)という使い方もアリです。

帯域ごとに適切なコンプレッションが行えるマルチバンド・コンプは、マスタリングに最適です。画面はWavesのC6

アナログ感を付加しよう

コンプとはまた違ったまとまり感を得られるのが、テープ・シミュレーターです。昨今のDAWで大きなキーワードになっている”アナログ感”を簡単に付加することができます。具体的な効果としては、自然なテープ・コンプレッション効果と自然なサチュレーション感の2つ。音が自然に溶け込むようになり、同時に高域のギラツキが抑えられ、マイルドな印象になります。

テープ・シミュレーター系は、簡単にイイ感じの質感に整えてくれますが、それだけにかけすぎてしまいやすいエフェクトでもあります。マスタリングではコンプも使いますので、単体ではうっすらとかかる程度に抑えておくのが無難です。

求めるサウンドにマッチすれば非常に効果的なエフェクトですが、必ずしもすべての楽曲に合うとは限りません。効果や相性を確かめた上で、使うかどうかを判断してください。

デジタルっぽさを緩和し、独特のまとまり感を得られるテープ・シミュレーターはマスタリングの味付けにピッタリ。画面はSlate DigitalのVTM

マキシマイザーで音圧アップ

音圧を稼いで音を大きく聴かせたい! そんな時に絶大な威力を発揮してくれるのが、ピーク・リミッターやマキシマイザーといったプラグイン。ちなみにリミッターやマキシマイザーなどメーカーや製品によって呼び方はいろいろありますが、どちらも音圧を稼ぐことを目的にしたエフェクトです。明確な違いはないと考えて良いでしょう。ちなみに、マキシマイザーはエフェクト・チェインの最終段にインサートして使用します。

そもそも音圧というのは、「聴感上の音の大きさ」と考えてください。DAWソフトのメーターでは音量を「dB」で表示しており、書き出した曲の音量が0dBを超えると、音が割れてしまいます。マキシマイザーは、ピークを0dBに抑えつつ聴感上の音量を上げるためのエフェクト。昨今のマキシマイザーは、非常に高性能です。それこそパラメーター1つだけでグングンと音圧が上がっていきますので、そういったプラグインさえ手に入れれば「市販CDと比べて音が小さい…」といったことはそうそう起こらないと言っても良いでしょう。

しかし、ただ音圧を大きくすれば良いというものでもありません。確かに、音が大きくなるほど派手で良い感じに聴こえるという側面があるのは事実です。しかし、音が大きいということはそれだけダイナミクスが失われてしまうということ。音が大きくなるにつれて楽器やボーカリストの細かい演奏ニュアンスが失われ、最終的には音がデカイだけの曲になってしまうこともあります。

元々は「TVやラジオで聴いた時に、少しでも良く聴かせたい」という狙いから音圧が注目されるようになりましたが、その流れは確実に落ち着きつつあります。特に海外では、無理に音圧を詰め込むことをせず、ダイナミクスを活かした音作りをするケースが増えてきています。「音圧=悪い」というものではありませんが、同時に失われるものがあることを知った上で、ほどほどに…。

ブーストさせても音色変化の少ない製品を手に入れると、音圧に関する問題は一気に解決できます。画面はIK MultimediaのStealth Limiter

この他にディエッサーなどを使うケースもあったり、本当にケースバイケース。決まりはないので、固定観念に囚われることなくいろいろなエフェクトを試してみてください。結果的に良い効果が得られればOKですからね。

エフェクトの使用順は?

エフェクトの使用順も自由…と言ってしまうと元も子もありませんから、ここまでで紹介したエフェクトを使う場合のルーティング例を見ていきます。

まず第1段目には、テープ・シミュレーター・プラグインでほんのり色付け。次にデジタルEQで低域処理して、デジタル・コンプで軽くピークを潰します。ここまでが下処理。ここからは味付け。EQで好みの質感に調整し、マルチバンド・コンプで音を均しつつ軽く音圧もUP。コンプを使うと少なからずサウンドは変化しますので、気になる場合はEQやディエッサーを使って整えていきます。最後にマキシマイザーを多段がけして終了。使うエフェクトが増えるほど、調整に時間とコツが必要になりますので、慣れないうちはシンプルな構成にするか、統合型のマスタリング・エフェクトを使うというのも良いでしょう。

統合型マスタリング・エフェクトのメリットは、何と言っても手軽に効果的な音作りができる点です。プリセットが組まれていますので、どんなエフェクトがどんな順番でかかっているのか、プリセットを解析していくのも勉強になるはずです。

曲間を決め、コードを入力する

サウンド調整が終わったら、曲のスタート/エンド・ポイントのフェード処理など曲間調整を行っていきます。CDにする場合は、曲間がほんの少し違うだけでも印象が大きく変わってきます。場合によっては曲間を0にしたり、クロスフェードでつなげるというのもアリ。ぜひこだわって調整してみてください。

最後にスタート/エンド・ポイントを決めるPQコードや、流通させる場合にはISRCやPOSコードなど必要な情報を埋め込んでいきます。これらはiTunesやAmazonで流通/配信する時に必要になるのですが、今回のテーマとは少しズレますので取得方法などについては今回は割愛します。

流通させたい場合は、ISRCやPOSなどの情報を書き込み、マスター・データと一緒にPQシートを提出します

最後にマスターを作成し、プレス業者に納品すれば、一連の作業は完了です。