PAエンジニアに聞く! PAシステムや機材選定、ステージの裏側
- 2019/10/28
- インタビュー
楽器演奏に欠かすことのできないPA。ライブハウスやイベントなどに出演すれば、必ずPAのお世話になることになるでしょう。しかし、実際にステージの裏側でどんな人達がどんな風にステージをサポートしてくれているのか、演者であるプレイヤー側が知る機会は多くありません。
先日、東京都で行われた「第7回全国高等学校軽音楽コンテスト」の音響&照明から運営、進行などの制作はNPO法人 全国学校軽音楽部協会(keionkyo.org)が担当しており、その中で音響システムを担っているのが有限会社エムエージーです。同社の皆さんに今回のPAシステムや機材のこと、PAという仕事についてお話を伺ってきました。
今回使用したPAシステムの概略について教えて下さい。
小林:メインのスピーカーには、dBTechnologiesのVIOシリーズというラインアレイ・システムを使用しました。具体的にはハイボックスに「VIO L208」とサブ・ウーファー「VIO S118」を片側4発ずつです。サブ・ウーファーは2発ずつ前後に配置する「エンドファイア」で使っていて、前後で回線も分けています。ハイボックスはスルーさせて本線1本というシステムです。
エンドファイアというのは、どのような方式なのでしょうか?
小林:簡単に言えば、前後2列に分けて配置することで、低域に指向性を付けるという方式です。サブ・ウーファーが出力する低域は指向性が甘いので、そのまま鳴らすとステージが低域で溢れてしまうんです。
平沼:もう少し詳しくお話しましょう。例えば(ステージ中央の)シンガーの位置では、左右のサブ・ウーファーが等距離になるため、単純に音量が倍になります。こうなってしまったら、シンガーはまともに歌えないでしょう。そのため、低域の狙った周波数をクリーン・アップする必要があるのですが、その1つがエンドファイア方式ということになります。
クリーン・アップしたい周波数を狙ってサブ・ウーファー同士を離したり、送る信号にディレイを入れて調整していく…のですが、こう見ると凄く複雑なことをやっているように思われるかもしれませんが、仕組み自体は非常にシンプルです。
クリーンにしたい周波数を決めたら、サブ・ウーファーを置く距離を1/4波長分ずらし、前方にあるサブ・ウーファーに1/4波長分のディレイを入れます。今回のステージの場合ですと、50Hzを狙いましたので…。1/4波長は1.7m(340m/sで算出)ですから、前後のサブ・ウーファーの距離は1.7m離し、前方にその分のディレイを入れます。
すると客席側から見たとき、2つのサブ・ウーファーの音は同相加算になるため+6dB(2倍)に。反対にステージ側から見ると1/2波長分遅れることになるので、音が小さくなる…という。仕組みとしてはシンプルですが、効果は絶大です。
コンソールについても教えて下さい。
小林:卓はRolandのM-5000というデジタル・ミキサーを使っています。場合によってはステージ袖にモニター用の「モニター卓」を使うケースもありますが、今回はメインのオペレーターがモニターも兼ねるというシンプルなシステムになっています。なお、REACのステージ・ボックスを使うことで、音声はLANケーブルでやりとりしています。
またdBTechnologiesのスピーカーは、ネットワークでパソコンからコントロールすることができるのもユニークな点でしょうか。メイン・ミキサーの横に置いて、レベルや状態を随時監視できるようにしています。
平沼:こういったネットワーク管理は、現在のPAでは当たり前になりましたね。レベルやミュート、先ほど紹介したサブ・ウーファーのディレイといったスピーカーの設定はもちろんですが、その最大のメリットはリアルタイムにスピーカーの駆動状態を監視できる点にあります。これにより、ステージの安心感が劇的に向上しました。
これらの機材を選んだ理由を教えて下さい。
平沼:dBTechnologiesが日本に入ってきたのは最近ですが、海外では以前から凄く知名度のあるブランドで、いつ入ってくるのかな?と目を付けていたブランドでした。アライアンスを組んでいるRCFの影響もあってかR&Dが盛んに行われていますし、サウンドも良い。さらにコンパクトで持ち運びがしやすい…といった部分を総合的に判断しての採用です。
小林:仕込みやセッティングが凄く楽でした。非常にコンパクトですが、出音はガツンとした音圧のある濃いサウンドで、総合的にコスト・パフォーマンスの良さを感じました。
平沼:今回使用したVIO L208は1発133.5dB。重量はわずか18.1kgです。一昔前なら、同レベルのスピーカーは80~90kgが当たり前だったことを考えると、この進化はもの凄いですね。スタッフに女性がいるので、女性が1人でも持ち運べるという点はポイントです。そしてコンパクトなのでハイエースで運用できるというのもありがたいですね。
システム全体でみると、ハイボックスだけで145dB程度。距離やクレストファクタを考慮すると、実質107dB位でしょうか。ロック系のライブであれば少し物足りなさを感じると思いますが、今回は軽音楽部の大会ですので必要十分ですね。
コンソールにRolandを選んだ理由を教えて下さい。
小林:Rolandのミキサーはは以前から使っていましたが、その理由は何と言っても使いやすい点ですね。機能やコストのバランスも良いですし、PAの現場ではスピード感が求められるので、ワンタッチで目的のパラメーターにアクセスできる点は何より重要です。M-5000に関しては液晶が大きくて使いやすいのも気に入っていますね。
平沼:私が考えるRolandの1番の強みは「REAC(※)」ですね。CAT5eのケーブルで、24bit/96kHzのサウンドを40chのダブル・チャンネルという、かなりハイスペックな規格です。MACアドレス・ベースなのでケーブルを挿すだけで認識できますし、96kHzでもレイテンシーが小さい。これらが100mbpsの規格でこなせるというかなり攻めた規格ですので、Dante等と比べてもアドバンテージがあると思います。キューボックスのM-48との親和性が高いのも良いですし。
また、M-5000に関して言えばサミング・バスが72bitと異常ですね。例えばですが、500dBオーバーしてもフェーダーで500dB下げれば元と変わらない信号を取り出せる。PA/SRというと有名メーカーの卓をよく目にしますが、周りでも“分かっている”人達は、Rolandの卓を選んで使っていますね。
※REACとは… イーサネット・ケーブル1本で最大40チャンネル双方向の非圧縮音声データを伝送することのできるRolandが独自開発したデジタル音声伝送技術。
ライブにおけるハイ・サンプリングのメリットは、どこにあるのでしょうか?
平沼:決定的なのはインパルスが立ということでしょうか。48kHzの場合1Sampleで0.02msecだったものが、96kHzになると0.01msecになる。1サンプル自体が短くなることで、ローの解像度も劇的に変わってきます。特にベースの音程はハイレートの方が掴みやすくなりますし、扱える周波数レンジが広がりますので、歌モノ…特に女性ボーカルとの相性はとても良いと思っています。
逆に言えば、音をひとまとまりの団子として出したい等、ロック系の音作りには必ずしも良い結果とならないケースもあります。あえて48kHzを使っているエンジニアも多いですね。
これはライブだけでなくプロダクションでも同じだと思いますが、レートによって音作り自体が変わってきます。例えば48kHzだと捨てなくてはいけない周波数が96kHzになると捨てなくても良かったり。逆に48kHzだと簡単に出てた音が96kHzでは出ない…。そういったノウハウもありますし、生音が聞こえるようなライブハウス・サイズだったりすると、あえてマスターで叩いたりコンプを多めに掛けたりと工夫が求められるケースもあるでしょう。
現段階ではまだ全製品が96kHzに対応しているという訳ではありませんので、まだ様子見の部分も大きいですが、この流れは確実に進んでいくでしょう。ライブ・レコーディングなどでは既に96kHzが求められますし、僕らPAもそれに合わせて対応していく必要がありますね。
使用するPAシステムの選定は、どのように行われるのでしょうか?
小林:まずその会場の広さやキャパシティで、メイン・スピーカーの候補が決まってきます。後は本番までの仕込み時間も重要なファクターになります。例えば十分な時間が取れない場合は、スタッフの数も必要になりますし、使用する機材にも変化が出てきます。
そして出演者の数やパート編成、必要なマイクの数などを確認し、これらを総合的に判断してプランを練っていきます。
平沼:今回のシステムはハイボックスに「VIO L208」とサブ・ウーファー「VIO S118」を片側4発ずつ使用し、ハイボックスだけで145dB程度を出力します。これがメジャーのロック系ホール・ライブになると、少し余裕を持って160dB程度のシステムを持っていくことが多いでしょうか。もちろんケースバイケースではありますが…。
今回のステージでは、設営にどの位の時間が掛かりましたか?
小林:スタッフ4人で大体1時間半程度でしょうか。
平沼:そうですね。音を出すだけならば、1時間あれば可能ですね
小林:仕込み時間は限られているので、その中でどうやって完成させるのかを考えます。具体的には、まずはメイン・スピーカーが鳴ることが最優先ですね。そしてオペレーターがスピーカーのチューニングをしている間に、他のスタッフがステージ内を完成させていきます。効率的にステージを組み立てるために、事前にかなり細かい打ち合わせをしています。そういう意味では、事前の準備が何より大切、ということになりますね。
リハーサル中やライブ本番では、どのような動きをしているのでしょうか?
小林:僕は今回、ステージ・チーフとしてステージ全体を見ています。音響スタッフだからといって、ただ音周りを見ていれば良いという訳ではなく、照明だったりステージ全体の進行度を確認しながらマネージメントしていきます。
リハーサル中は、本番に備えて演者がどんな曲でどんな動きをするのかを念入りに確認しておきます。特に立ち位置が変わる場合などは、位置やタイミングを頭にたたき込みます。こうすることで、本番中に万が一トラブルがあった場合にも、対応しやすくなるからです。リハーサル中にチャンネルやマイクの数等が急遽変更になる場合もあるので、そういったトラブルにもスムーズに対処できるように、考え得る限りの用意をしています。
本番中は、アーティストもテンションが上がりますから、リハとは違うことが起こる可能性が高くなります。いきなり音が出なくなることだって考えられますし、モニターの要望が変わるかもしれません。そんなときにすぐに対処するには、アーティストの動きをしっかり見ておくことも大切ですし、反対に僕自身がアーティストの視界に入っていることも重要だと思っています。ですので、ステージ袖でいつでも見つかるような位置にスタンバイしています。
ライブ・ステージでプレイヤーに望むことがあれば教えて下さい。
平沼:確実に音を出すことですね。
小林:そうですね(笑)。
平沼:音さえ出してくれたら、後は我々がどうにかすることができますが、音が出ないことには、何もできなくなってしまうんです…。
尾内:これは何も特殊なことではなく、リハ時のアンプのセッティングを覚えておいたり、自分の楽器や機材の管理はしっかりしておくということですね。
平沼:本番に急に音が出なくなった…。なんてケースは意外と多いんですよ。その原因は、いつもならすぐに解決できるちょっとしたことが理由だったりするのですが、急に起こると誰でもテンパってしまうものです。本番前のちょっとしたチェックで防ぐことができるので「そういったことがある」と心に留めておくだけでも変わってくるはずです。
小林:後は、何か希望があったり、疑問に感じたことがあれば、遠慮なくステージのスタッフに声を掛けて欲しいですね。僕ら音響スタッフは、ミュージシャンの方が気持ち良く、最高の演奏をするために存在しているので、遠慮なく声を掛けて欲しいですね。