音楽をやっていると「実はよくわかっていないんだけど、何となくできちゃってるんだよね…」なんてことが意外と多いと思います。しかし、ちゃんと知っていればこれまで以上に作品のクオリティーが上がるはず…。
音楽を作る上で最低限知っておきたい基礎知識をわかりやすく解説していく「絶対わかるシリーズ」、今回のテーマは楽曲の主役であるボーカルについてです。最も聴かれるパートですので、ボーカル・パートのクオリティーがそのまま曲の印象につながるといっても過言ではありません。ボーカル・レコーディングの流れやマイク選び、クオリティー・アップのヒントを紹介していきます。
本記事は「下準備編(本記事)」と「マイク選び編」、「レコーディングと編集編」と「オススメ周辺機器編」の4部構成になっています。
最もこだわりたいパート
曲を作ったり自分で演奏したりする人は、自分のやっている楽器パートや構成、アレンジなど曲全体を聴くことが多いと思いますが、一般のリスナーの多くはボーカルを中心に音楽を聴いているはずです。そんな曲の主役だからこそ、粗が目立ちやすいパートというのが現実。ボーカルのクオリティーが市販CDとの大きな差になっているケースも少なくないでしょう。
レコーディング・スタジオのようなボーカル・ブースで、高価なマイクやアウトボードを駆使しなければ良いボーカルは録れない…。決してそんなことはありません! ポイントを絞って機材にこだわれば、自宅やリハーサル・スタジオでも十分満足のいくボーカル・レコーディングができるはずです。確かに宅録と商業スタジオでは機材面に差はありますが、自宅ならレコーディング・スタジオのように使用時間に制限もありませんし、慣れた環境の方がリラックスできて良いテイクが録れることも少なくありません。特にボーカルのレコーディングでは、機材の違いは絶対的なクオリティーの差にはなり得ないのです。
録音用のプロジェクトを作ろう
さっそくボーカル・レコーディングの流れに沿って、いろいろなポイントを見ていきましょう。自宅で録るにしても、リハーサル・スタジオなどを借りるにしても、まずは録音前の下準備からです。地味な作業ではありますが、レコーディングを円滑に進めるポイントは「いかにスムーズに作業を行えるか」といっても過言ではありません。準備不足や作業中にトラブルが起きてしまうと時間がもったいないだけでなく、演奏者のテンションも下がるなど、テイクにも関わってくるからです。当日に快適にレコーディングをするためにも、事前の準備は非常に重要になってきます。
準備するものといえば、レコーディングに必要な機材と譜面や歌詞カード、ペン程度ですが、外部のスタジオを利用する場合には、ヘッドフォンやスタンドは借りられるのか、ポップガードはあるか…など、レンタルできる機材をチェックしておきましょう。最近はレコーディングにも力を入れるリハーサル・スタジオが増えており、オーディオ・インターフェイスやマイク・プリアンプをレンタルできるスタジオも多いようです。
多くの場合、パソコンは自分たちで持ち込むことになると思いますが、ここで気をつけたいのがプロジェクトの最適化。曲作りやアレンジをしている段階では、各パートがマルチ・トラックで入っていたり、ソフトウェア音源がリアルタイムに鳴っている状態だと思います。最近のノート・パソコンはかなり性能が良いので、パフォーマンス(パソコンの負荷)的にはそのままレコーディングできることも多いと思いますが、作業を円滑に進めるためにも一度バウンスし、負荷がかからないようなプロジェクトを作っておくのがオススメです。
ボーカル・レコーディングでは、かなりの数のテイクをバンバン録音していくことになりますので、余計な負荷はかからないようにした方が安全です。もし、特定のパートを大きく聴きたい…ということを想定するのであれば、ステムにまとめてオーディオ化すれば十分対応できるはずです。どこまでまとめるかはケースバイケースですが、自分以外のボーカリストが歌う曲の場合は、オケとは別にガイド・メロディーや仮歌を用意しておくと便利です。メロディー・ラインの確認にも使えて、ガイドを聴きながら録音することもできます。不要であればミュートすれば良いので、あって困ることはないでしょう。
その他にも曲のセクションごとにマーカーを打ったり色分けして、少しでも見やすいプロジェクトを作るようにしておきましょう。
コンデンサー・マイクの基本
次に、ボーカルをレコーディングするために必要な機材と、選択時のポイントになる項目をまとめていきましょう。ボーカルを録るなら、マイクがなくては始まりません! 声というのは、空気の振動です。その振動をキャッチし、電気信号に変換するのがマイクの役割です。すべての元になる信号を作る部分なので、何よりサウンドに影響します。マイクは、大きく分けて「ダイナミック・マイク」、「コンデンサー・マイク」、「リボン・マイク」の3つに分類することができますが、ボーカルをレコーディングする際にはコンデンサー・マイクを使うのが一般的です。もちろんダイナミック・マイクでも録音することができます。欲しい音が録れるのであれば基本的にどんなマイクでも構わないのですが、特別な意図がない場合は低域から高域までクリアに録れるコンデンサー・マイクを使う方が無難でしょう。
中でもボーカルの場合は、1インチ程度のダイアフラムの大きい「ラージ・ダイアフラム・コンデンサー・マイク」を使うのが一般的になっています。ダイアフラムとは、空気の振動をキャッチする振動板で、人間の鼓膜のような働きをするパーツです。ダイアフラムは小さい方が低域から高域まで再現性が高く、スピードの速い音が録れるという特長があるため、アコギやシンバル類など煌びやかなサウンドに好んで使われます。一方でダイアフラムが大きくなると、空気振動を受けやすいため感度が高く、倍音を含んだり腰の落ち着いたサウンド特性もあるのでボーカルを録るのに好んで使われます。
またマイク選びに欠かせないのが指向性です。これは、そのマイクが音を拾いやすい方向を示すスペックのことで、マイク正面からの音を拾う「単一指向性」や、正面に加えて背面の音も拾う「双指向性」、そして全方位の音を拾う「無指向性」が基本です。ボーカルをはじめとして楽器単体を録る場合は、単一指向性のマイクを選べばOKですが、マイクによってはスイッチで複数の指向性を切り替えることができるので、コーラスはあえて無指向性で録ってみる…なんてアレンジをしてみるのも面白いでしょう。
自分の声に合う1本を見つける
多くの方がマイク選びに悩まれると思いますが、やはり自分で試してみるしかありません。好みの音は人それぞれで、マイクの場合はそのボーカリストの声質や曲のイメージに合うかどうか…という側面が大きいので、安易に良し悪しを語れるものではなく、カタログやスペックからわかることはほとんどないのが現実です。
やはり試奏してみて決めるのが一番です。その際に、その場の印象だけで決めるのは少し注意が必要です。オケに入れた時の存在感や抜け具合はもちろん、EQやリバーブの乗りやすさなど、その場で聴き比べるだけではわからないこともたくさんあるので、録音したものを自宅に持ち帰って聴き比べるのが理想です。実際にはなかなか難しいと思いますが、できるだけ客観的に聴くようにすると良いでしょう。
何本か試してみると、声の嫌な成分が目立って聴こえるマイクもあれば、逆に雑味をうまくまとめあげてくれるマイクがあることに気がつくと思います。自分の声に合うマイクを選べば、ある意味で実力以上にうまく聴かせることもできるので、とにかくいろいろなマイクを試すことが重要です。
必須アクセサリー
ダイアフラムに直接息がかかってしまうとボフッという「吹かれ」が入ってしまいます。これではせっかくの歌も台無しです。吹かれを防ぐために使われるのが「ポップ・ガード(ポップ・フィルター)」です。レコーディング風景などで、ボーカリストとマイクの間に設置されている網のようなアイテムで、コンデンサー・マイクで音を録る時の必需品です。
ただし、物理的に障害物を作るということなので、モデルによっては音質が変化することを知っておく必要もあるでしょう。比較的安価なモデルの場合はナイロン、高価なモデルになると金属や独自フォーム材を採用しており、ナイロンよりも金属の方がサウンド変化を抑えることができます。
また、高感度のコンデンサー・マイクは微妙な振動でもノイズになってしまうので、床からの振動を防ぐショック・マウントやマイク・スタンドも必須不可欠です。この辺りのアクセサリーに関しては、第3部「レベルアップ編」でも詳しく紹介します。
ボーカルへのマイキング
楽器のレコーディングと違い、マイク位置のバリエーションはあまりないので、ダイアフラムがボーカリストの口の高さに合うようにマイク・スタンドを調整したら、後は自然にマイクの前に立てばOK。この時に意識したいのは、マイクとボーカリストの距離です。
先ほどマイクの指向性の話をしましたが、単一指向性のマイクの場合は「近接効果」の存在を知っておく必要があるでしょう。近接効果とはマイクに近づけば近づくほど低域が強くなり、反対に離れると低域が薄くなっていくという現象です。20cm程度を基準に声を出しながら前後に動いてみて、しっくりくるポイントを見つけていきましょう。
レコーディングに不慣れなボーカリスト…特にバンドでライブ中心に活動してハンドマイクで歌い慣れている場合は、無意識のうちにマイクに近づいてしまう場合もあります。近接効果の影響ももちろんですが、距離が変わると、テイクごとの音質がバラバラになってしまいます。こうなると後々テイクを張り合わせるときに無理が生じてしまうので、なるべく同じ位置で歌ってもらうように工夫しましょう。具体的には立ち位置をバミったり、ポップガードの位置を調整して、立ち位置がブレないようにする方法がよく用いられます。