ヘッドフォンのプロが語る、ヘッドフォンの過去〜未来。その3.ヘッドフォンの選び方と、Bluetoothやノイズキャンセリングについて

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「ウォークマン」の登場で一気にヘッドフォンが普及し、今ではリスニングのメインにもなったヘッドフォン(イヤフォン)。一言にヘッドフォンと言っても多種多様なタイプがある中、何を基準に選べばよいのでしょうか。

音楽業界のデファクト・スタンダードとして30年以上に渡って愛され続ける「MDR-CD900ST」の生みの親(開発者)であり、これまで数多くのヘッドフォンを手がけてきたヘッドフォンのプロフェッショナル。ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社 V&S事業本部のシニア音響アーキテクト投野耕治氏へのロング・インタビュー企画も今回で最終回。ラストはヘッドフォン選びや、最新のヘッドフォン事情。そして最後に投野氏ご自身についてのお話を伺ってきました。


編集部:スタジオ・モニターだけでなくリスニング用のモデルも多数ラインナップされていますが、選び方を教えてください。
投野まずヘッドバンドとインイヤーの違いは、装着感の違いがもちろん大きいですが、あとは目立つか目立たないかですかね。クラブのDJの中には、ピカピカに光った目立つヘッドフォンが欲しい、と言われる方もいますし、逆に電車の中で使う際にあまり目立たせたくない方もいますよね。これは用途や好み、装着スタイルの違いでお選びください。サウンド面では、ヘッドバンドの方が音に広がりが出やすいという違いがあります。

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オープンエアーと密閉型は、外への音漏れが一番の違いです。電車など公共の場で使う場合は、周りの人に迷惑がかからないように密閉型を選ぶのが良いでしょう。室内で使う場合には、ある程度外の音が聴こえた方が快適と感じる場合もありますから好みでお選びください。モニター用なら密閉型の方が向いていると言えます。

また、最近のヘッドフォンではBluetooth接続の無線タイプが主流になってきています。有線タイプはケーブルがあるので、無線に比べると取り回しが面倒ですが、その反面、音の遅延を気にする必要がありません。無線にはどの位のレイテンシーが生じるかというと、遅延の少ないものでも数十ミリ秒ほどあります。

またノイズキャンセリングヘッドフォンは、周囲のノイズを消してくれるのでより音楽に集中することができます。移動中など騒音の中で音楽が聴くとき、どうしても通常よりも音量を上げてしまうことが多いと思いますが、ノイズキャンセリングヘッドフォンを使うと室内と同じ音量でも、十分に音を聞き取ることができます。電車や飛行機内で主に使う場合は、耳へのダメージを考えるとこのタイプがおすすめですね。

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鑑賞用のヘッドフォンと、モニター用のヘッドフォンの違いは、音作りです。私たちは「原音の位置が違う」と言っていますが、音楽をホールで聴く時に、客席で聴いている音を目指すのか、それともステージ上で演奏者やマイクの位置での音を目指すのかの違いですね。求める音の違いなので、一般の音楽ファンの方はかならず鑑賞用。演奏者はモニター用にしなければいけない、というものではなく、どちらの音が好みなのかによってお選びいただければと思います。

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Bluetoothヘッドフォンの現在、ノイキャンへのこだわり

編集部:鑑賞用だとヘッドフォン/イヤフォン共にBluetoothタイプを目にすることが多いですが、有線に比べて音質面でのロスはあるのでしょうか?

投野:Bluetoothはコーデックといって圧縮された音声を聴いているのですが、ウォークマンやスマホでmp3やAACファイルを再生するというケースでは、無線であるか有線であるかで音質が変わるということはありません。ただしハイレゾ的な音作りをする場合は、コーデックごとにどういう音の変化があるかというチェックはしますね。

ワイヤレスノイズキャンセリングステレオヘッドセット「WF-1000XM3」実勢価格(税抜):25880

編集部ノイズキャンセリングヘッドフォンですが、ソニーならではの強みや特徴があれば教えてください。

投野:ソニーは民生用のノイズキャンセリングヘッドフォンとして、80年代から培ってきた技術の蓄積があります。ノイズキャンセリングの仕組みには、フィードフォワードとフィードバックという2つの考え方があるのですが、ソニーでは他社に先駆けてその両方を併用し、デジタルで処理させるという方式をとっています。JEITAという業界団体の測定標準があるのですが、その計測で弊社の製品がもっともノイズキャンセリング性能が高いという客観的なデータが出ています。

編集部:どのような仕組みでノイズだけを消しているんですか?

投野:話し出すと長くなってしまいますので、要点だけを簡単にお話しますね。

フィードフォワード方式では、ヘッドフォンの外側にマイクを取り付け、そのマイクで拾った音をちょうど逆位相で同じ音量レベルになるように調整し、再生音に混ぜます。するとちょうどプラスとマイナスが打ち消し合い、ノイズだけを消すことができるという訳です。

フィードバック方式というのは、イヤパッドの中にマイクをつけて音楽とノイズの両方を拾い、その逆位相の音をスピーカーから鳴らしてノイズを消すという手法です。出た音を含めてプロセッサーに戻し、ループの中で消していくんです。

この2つの方式には、それぞれ特徴があります。フィードフォワードは予測制御…つまり「こういう音にこんな音をぶつけたら消えるだろう」という考え方です。しかし、装着状態やイヤパッドの密着状態が変わると誤差が生じてノイズキャンセリングの精度が落ちてしまいます。このような予測不能なシーンに対処できないというのがフィードフォワードの難点です。

フィードバックはノイズが消しきれなかった場合、もう1度フィードバックで処理させていくので対応力は高いのですが、これだけで効果を出そうとすると、構造上ハウリングを起こしやすいんです。そこで、この2つを組み合わせて最適な効果を得られるように調整しているのがソニーのノイズキャンセリングヘッドフォンです。

編集部ノイズキャンセリングというのは、具体的にどの位の効果があるのでしょうか?

投野:測定方法は色々あるのですが、飛行機の中でも静かな家庭のリビング程度の静寂まで落とすことができます。


ソニーのDNA

「MDR-CD900ST」をはじめ、これまで数々のヘッドフォン・イヤフォンを手がけてきた投野耕治氏

編集部:最後に投野さんご自身について教えてください。ソニーに入社しようと思った理由はあったのでしょうか?

投野:私自身がソニーの音で育ってきて、ソニーの音が好きだったというのが一番ですね。父も音楽が好きで、初めて経験したオーディオがソニーのシステム200というシステム・ステレオでした。当時はスピーカーの前で正座して音楽を聴いていた。そんな時代でした。

これは余談なんですが、私は吹奏楽でトロンボーンやユーフォニアムを吹いているのですが、中学生の時に、CBSソニーから出ていた「New sounds in brass vol.1(’72)」という吹奏楽用のポップス・アレンジのレコードを聴いたときに衝撃を受けました。当時としては珍しい本格的なポップ・アレンジで、音楽としてもカッコ良いのはもちろんなんですが、録音が凄い。ブライトで明るい音で、迫力がある。聴いていてワクワクが止まりませんでした。これは録音が凄いんじゃないかな?と思うようになり、ジャケットを見ていて「辻暁」さんというレコーディング・エンジニアの名前を見つけたんです。

大人になってソニーに入社して、その後CBSソニーとモニター・ヘッドフォン(「MDR-CD900ST」)の開発を進める中で、プロジェクト・リーダーの名前に「辻暁」という名前を見つけた時は、とにかく驚きましたし、運命的なものを感じました。

後輩の中には、「MDR-CD900ST」を聴いて、自分もこんな仕事がしたい!と夢を抱いて入社してきたエンジニアもいるんです。僕がそうだったように、ソニーの音が好きで、その夢を追いかけてきた後輩と音を共有できる。これが嬉しいです。

編集部:普段の生活で、耳のコンディションを保ったり気をつけていることはありますか?
投野:あまりうるさい所にはいかないようにはしていますが、それ以外でこれといった対策はしていませんね。後輩の中には、気にして日常的にイヤー・プラグを使っているエンジニアもいますが、私はそこまで神経質にはなっていませんね。

編集部:一番好きなヘッドフォンは何ですか?
投野:難しい質問ですね(笑)。色々なヘッドフォンを手がけてきましたが、それぞれ良い部分があるので一番は決められませんね…。自分の子供の中でどの子が一番好き? と聴かれているようなものです。どれも好きです。

あと、私自身で言えば普段ヘッドフォンで音楽を聴くことはないんですよ。どうしても「仕事モード」になってしまうんです。ここ、もうちょっとチューニングが… なんて具合に、細かいところがきになってしまって純粋に音楽が楽しめないんです。ある意味職業病といってもいいかもしれませんね。なので、スピーカーで聴く方が好きですね。

編集部:ヘッドフォンのプロの視点から見て、スピーカーとヘッドフォンのサウンドの違いはどこにあると思われていますか?
投野:ヘッドフォンで聴くときは、音を集中的に。スピーカーで聴くときには、バックグラウンド的というか気楽な気持ちで聴けるという部分でしょうか。音楽を聴くときのイメージの差ですね。この集中的に聴く感じが、仕事感を感じてしまっている理由なのかもしれませんが…。
ただ、家庭で聴くときにヘッドフォンで聴いているような音圧でスピーカーを鳴らすことは難しいですからね。生演奏のような音圧まで上げようと思うと、ヘッドフォンを使わざるおえないでしょう。その音楽体験の違いが大きいでしょうか。

音質そのものの違いを言えば、ヘッドフォンの方がより音が近く鮮明に聴き取ることができますが、スピーカーはそういう要素は苦手です。反対に、自然な広がりや距離感を感じられるのは圧倒的にスピーカーですね。

編集部:ヘッドフォンを使うときの音量については、どう考えられていますか?
投野:人によって好みや個人差がありますので、明確に「この位」というのは難しいですね。大きい音で聴きたい人と、静かに聴きたい人がいらっしゃいますので、メーカー側が押し付けるようなことは言いたくない、というのも正直なところです。
それを踏まえた上で、”耳を守る”という観点に立つのであれば、やはりあまり大きな音にしない方が良いですよね。宣伝のようになってしまいますが、うるさい場所ではノイズキャンセリングを使って、なるべく小さい音で音楽を楽しんで頂くのがベストだと思います。大きい音で長時間聴き続けるのは、やはり耳にとって良くはありませんから。

 

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