メジャー・レーベルに聞く 楽曲コンペと音楽制作サロン

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メジャー・アーティストが歌う楽曲は、どのようにして作られているのかを知っていますか。「コンペ」という言葉を聞いたことがある人も多いと思いますが、実際にはどのような手順で曲が選ばれていくのか。そして、どうしたらコンペに参加できるのかなどは、なかなか知ることができないのが現状です。

そこで、会員制音楽コミュニティー「ソニックアカデミーサロン」をスタートしたばかりのソニー・ミュージックレコーズ 第二制作部gr8!records兼SMEエデュケーション事業部のプロデューサー、灰野一平氏に楽曲採用の仕組みやソニックアカデミーサロンについて、詳しくお話を伺いました。

コンペって何?

ソニー・ミュージックレコーズ 第二制作部gr8!records兼SMEエデュケーション事業部 プロデューサーの灰野一平氏。20年以上にわたって、数々のアーティストや作家を育てている

−CDとしてリリースされる曲は、どのように決まっているのですか

灰野もちろんアーティスト自身が作曲/作詞をするケースもありますが、シンガーに特化しているアーティストやアイドルに関しては楽曲を作曲家の方に書いていただきます。有名な作曲家の方に指名でお願いすることもありますが、最近の主流になっているのがコンペ形式です。コンペというのは特定の方にお願いするのではなく、広く楽曲を集めて、その中から1曲を選ぶ方法です。ソニー・ミュージックでは「REDプロジェクト」というチームを窓口にしてコンペの情報を発信し、曲を集めている状況です。

− つまり、誰でもコンペに参加できるということではないのですね

灰野本当はもっとオープンにして、誰でも参加して欲しいという気持ちはあります。しかし、発売前の曲に関して、タイアップの関係もありますので、完全に情報を公開できないという都合もあるのです。そのため、作家事務所さん、音楽出版社さん、そして、実績のある個人作家さんに声をかけているのが現状です。

気になる選考方法とは

− コンペで集まった曲は、どのような方法や基準で選考されるのですか

灰野それぞれのA&R(※アーティストの発掘やアーティストに合った楽曲を制作する担当者のこと)によって違いますので、僕のケースをお話しますね。作曲家の方に提出していただいたすべての曲を音楽再生ソフトに並べて、聴きながら星(※iTunesなどのレート機能)を付けていきます。「これは採用に近いな」と思ったら5つ星。「今回は合わないな」というものは1つ星…なんて具合です。この時、誰が作ったのかを見ないで聴くようにしています。

また、聴いた曲には必ず「どういう曲調で、どういう部分が良かった」とコメントを残すようにしています。今回欲しい曲のイメージとは違ったとしても、また違うプロジェクトでマッチすることもあるので、このように聴くことで、何よりも、その曲の良さや作曲者の方の意図を考えることができます。

− ものすごく大変な作業ですよね。全部の曲を聴かれるのですか

灰野:もちろんです。提出していただいた曲は必ず1コーラス聴きます。1曲あたり1分半〜2分ですので、300曲集まったら…何日もかけて聴いています。実は今日も朝から聴いていました(笑)。頭の中で、その曲を歌うアーティストの声に置き換えながら聴くようにしています。

よく「本当に聴いているの?」なんて思われがちだと思いますが、どのA&Rも真面目に聴いています。正直に言えば、かなり大変な作業です。

必要なクオリティーは?

− コンペに提出される曲は、どのくらいのクオリティーが求められるのでしょうか

灰野:音楽制作機材の質が上がっていることもあると思いますが、クオリティーは年々上がっていますね。アレンジャーではなくても、かっこ良いパターンやループを組み合わせたり…。そういう意味では、昔ながらの作曲法…例えば、ピアノと鼻歌だけという形式では、余程のことがない限りは通用しないのが正直なところです。

また、最近は仮歌(コンペの際に入れられる仮の歌のこと)のレベルが上がっています。よくコンペに勝つ人は、かなりのところまで歌詞を作ってくるケースが多いです。A&Rだけが曲を決めているのではなく、タイアップ作品であればタイアップ先やコーディネーター、関連部署の担当者など、いろいろな人の意見も大切ですので、その際に「ららら〜」というメロディー・ラインだけよりも、求めている雰囲気に合うワードが歌詞に入っていた方が聴く側もイメージしやすいですからね。もちろん非常に良い曲の場合は、そこまで完成度が高くなくてもプリプロしてから聴いてもらうというケースもありますが、時間も予算もかかってしまうので、厳しいのが実情です。

ちなみに、仮歌は割とフレキシブルです。例えば、女性アーティストの曲でも、男性ボーカルの仮歌で男性のキーでもコンペを通ることが増えました。もちろん仮歌とはいえ、元の歌い手に近い方が有利です。しかし、曲や歌を理解して歌った方が曲の意図を伝えやすいので、作家本人が歌って提出されるケースも多いです。

作品が世に出るまで

− コンペの際、各作家にはどのような情報が出されるのでしょうか

灰野:基本的には「コンペ・シート」という情報を出すことが多いです。コンペ・シートにはアーティスト名はもちろん、タイアップの有無や詳細、求めている曲調といった情報が書かれています。

コンペ・シートの例。どのような楽曲が求められているのかなどが詳しく書かれています。例は10月7日に行われるソニックアカデミーフェスのセミナーで使用されるもの

書かれている内容はプロジェクトによって異なりますが、場合によってはイメージする楽曲が具体的に提示されるケースもあります。もちろん「その曲を真似してくれ」ということではなく、使っている楽器の種類やジャンルの方向性、またはそのアーティストの歌声を聴いていただいて、楽曲を作ってもらうというのが目的です。

ボーカリストの音域が書いてある場合もありますが、僕はあまり書かないですね。「その音域を使ってくれ」というよりも、実際にそのボーカリストの歌声を聴いてもらい、おいしい音域を使っていただきたいという思いがありますので…。

− コンペの募集が始まってから完成するまでに、どのような手順や作業が行われるのでしょうか

灰野:まずはREDプロジェクトなどを通して各作家にコンペの情報が発信されます。余裕があるプロジェクトであれば、1ヶ月程度の募集期間を取る場合もありますが、大体は10日〜2週間程度です。短いものでは1週間を切る場合もあります。

− どのくらいの曲数が集まるのでしょうか

灰野:募集するアーティストや募集期間にもよりますが、多ければ500曲程度が集まります。そこから、先ほど紹介したように、すべての曲を聴いて選考していきます。まず、最初の段階では20曲程度まで絞り込みます。その20曲を関係各社やアーティスト本人に聴いてもらい、さらに5曲程度を選びます。ここまで来たら、各作家の方にはアレンジ作業を進めてもらいます。

灰野氏の楽曲管理画面。コンペで提出された1曲1曲に評価とコメントがぎっしりと書き込まれている

デモの段階ではワンコーラスかワンハーフ(※1コーラス+大サビ)で作られているので、それを元にフル尺展開を作ってもらう必要があります。間奏を作ったり、1Aと2Aの長さを変えてみよう、サビ展開を工夫しよう…といった部分も含めて、相談しながら作っていきます。

作家の中には、すごく良い曲を作るけれど、アレンジが不得意という方もいます。その場合、フル尺展開までは作家に作業してもらい、その後の作り込みをアレンジャーに依頼するケースもあります。ただ、昨今のコンペ形式の場合、「アレンジも含めた楽曲のコンペ」という側面も強いので、別のアレンジャーに依頼する場合でも曲調を大きく変えたり、曲の根本から作り替えるような場合は少なくなりました。

5曲とも並行して作業を進めていき、最後に1曲を選ぶのですが、取りかかった曲はその時には採用にならなくても、カップリングやアルバム曲という形でリリースされるケースがほとんどです。

− そこからレコーディングが行われるのですか

灰野:そうですね。スケジュールに余裕がある場合はボーカリスト本人による仮歌が入る場合もあります。ここで、最終的なキー合わせや本人の声色とアレンジの微調整を確認します。そして、本番の歌録りですね。並行してオケ部分で打ち込みの音を生楽器に差し替えたり、ダビング作業が行われます。

レコーディングが終わったら、ボーカルのエディットやミックス、マスタリングといった作業を行います。募集からここまで、早ければ2週間程度、余裕を持って作業する場合は2ヶ月程度でしょうか。スケジュール次第で、もっと前倒しになることもあります。

ソニックアカデミーサロン

− コンペに参加するには、どのような方法があるのでしょうか

灰野:ソニー・ミュージックとして楽曲オーディションを開催していたり、ソニー・ミュージックパブリッシングでも楽曲募集をしています。しかし、当然、プロレベルの即戦力となるクオリティーが求められます。そこで始めたのが、ソニーミュージックアカデミー(通称ソニアカ)です。

昨今のDTM/DAWの普及で、プロとアマチュアの機材の差はなくなりました。さすがに小説家のようにペン1本でできるというものではありませんが、パソコンとちょっとした機材があれば、今やプロとほぼ同条件で作ることができます。もちろん売れている作家は良い機材を使っていますが、良い機材を使っていることが作る曲の良し悪しに影響を与えるような時代ではありません。

いわゆる「自宅制作が増えた」ということはものすごく良いことだと思いますが、一方で失われてしまったことがあるのも事実です。例えば、大手スタジオ全盛の時代、曲作りやレコーディングのノウハウは徒弟制度的に脈々と受け継がれてきました。それが自宅制作が主流になったことで、若手の作家が経験や知識を得る場所が減ってしまったことです。そこでレコード会社が主体となって、その情報やノウハウを開放することで皆さんの才能を伸ばせないか…という思いからソニアカをスタートさせ、「ミュージック・マスター」という制作セミナーや年に1回「ソニックアカデミーフェス」というセミナー・イベントを開催してきました。

僕自身、これまで様々なプロデューサーと仕事をしてきました。ある意味では日本有数の見学者と言っても良いかもしれません(笑)。有名プロデューサーの方の作業を見ていると「ああ、こうすれば簡単なんだ」という発見がたくさんありました。それが、きっと制作の「コツ」なんだと思いますが、そういった経験やノウハウを共有することで、皆さんにもっと良い曲を書いてもらえたらな、という思いですね。

コミュニケーションの場として

灰野:これまでソニアカを続けてきて、それなりの反応や手応えは感じていましたが、少しハードルが高かったのも事実です。また、別の職業を持っているけれど、本気で音楽をやりたい…。そんな方がたくさんいることもわかりました。その中で、学校のようにゼミを作ったり、オフ会を開催したり、コミュニケーションできる場を作ってもらえないか、という声をいただくようになったんです。

これはプロの作家も一緒なんですが、毎日毎日締め切りに追われながら、自宅でパソコンに向かっている…。横のつながりはあっても、すべてデータでやりとりできてしまうので、実際に顔を合わせて作業することもない。つまり、すごく孤独なんですよね。

新たに発見したノウハウや機材って誰かに話たり、共有したいですよね。話すことが刺激やモチベーションになったり、新しいアイデアにつながるということもあるはずです。しかし、今の音楽制作の場だとそれも難しくなってしまいました。それを解消する手助けにならないかな、と7月からスタートしたのが「ソニックアカデミーサロン(以下、サロン)」です。

サロンはfacebookの仕組みを使った会員制のサービスなのですが、ネットを使うことで全国の作曲家を志す方やDAWを使うユーザーがコミュニケーションできる場を提供するというコンセプトで立ち上げました。

ソニックアカデミーサロンのfacebookページでは他のメンバーやメンターとの情報交換が活発に行われています

− サロンに参加するのに条件や審査はあるのでしょうか

灰野:月額1,080円をご負担していただいているのですが、それ以外に特別な資格などは必要ありません。当然、一般の方でも登録していただけます。一応、入会にあたって簡単な審査は設けていますが、基本的にはお申し込みいただければ、入会できると考えていただいて問題ありません。

− サロンのメンバーになると、どのようなサービスを受けることができるのでしょうか

灰野場所は東京になってしまいますが、登録者の方向けにセミナーやイベントを無料で開催しています。サロン自体、まだスタートしたばかりのサービスですが、これまで月に2回のペースでイベントを開催してきました。これまでのイベントとしてはオリコンを賑わせるヒット曲を手がける作家による「トップクリエーター・スペシャルトークセッション」や複数人で曲を作る手法として注目を集めているコライトに焦点を当てた「ソニックアカデミーサロン主催 第1回 コライト会」といった特色のあるものになっています。

ヒット曲や人気アーティストを手がける人気クリエイター陣の特別講義など、サロン・メンバー限定のイベントが定期的に開催中

イベントだけでなく、facebook上でメンバー同士が交流することもできます。スタディ・グループでは音楽制作の悩みや相談を書き込んでいただければ、メンバーやメンターが回答します。メンターとは音楽活動や制作活動に対して、様々な助言やノウハウの提供を行うアドバイザー陣のことで、Akira Sunset(乃木坂46、欅坂46…)、Cairos K.(西野カナ、Flower、Little Glee Monster…)、佐々木 望(欅坂46、ジェイディーズ…)、丸谷マナブ(乃木坂46、篠崎愛…)といった人気作家陣がサポートしています。

これまで何人もの作家を見てきましたが、売れる時は急にポーンと売れるんですよね。そのキッカケは何か1つのコツなんです。それを身につけるかどうか…なんですが、そういった部分も紹介しています。

チャンスを手に入れろ!

− サロンのメンバーは皆さんプロの作家志望なのでしょうか

灰野:もちろん本気で作家を目指している方もいますが、純粋に音楽が好きでスキル・アップのために参加されている方もいます。年齢層も大学生から年配の方まで幅広く参加されています。なので、気軽な気持ちで参加してください。

また、サロン・メンバーに向けてコンペ情報も発信しています。タイアップ関係など、すべての情報を公開できるわけではないのですが、サロン・メンバーであれば誰でも参加していただけますので、コンペに挑戦してみたいという方も歓迎しています。

− コンペでは、やはりプロ作家の方が有利だったりするのでしょうか

灰野:それはまったくありません。コンペに提出していただいた曲はサロン・メンバーの方でもプロの作家とまったく同じように選考します。逆に言うと、僕たちは有名作家だからといって、ひいきして聴くということは絶対にありませんので、純粋に実力次第でチャンスがあると思ってください。

この内容で月1,080円は正直安い!プロを目指す方はもちろん、スキルアップしたい方もぜひチェックしてみてください。詳しい申し込み方法などは公式ホームページをご覧ください。

https://salon.sonicacademy.jp

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